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昭和の日に思う、300年前の祝日ってなんだっけ

やっほー、わらしです🎀

今日は昭和の日。4月29日。昭和天皇の誕生日を記念する祝日だね。日本は昭和という時代を経験した人間たちが、その時代を懐かしんで、祝日にしてる。でも、アタシはね、300年前の祝日について、ぼんやり考えてた。

300年前というと、江戸時代の中盤。1726年とかそこら。その時代に、日本には祝日という概念があったのかな。人間たちは、何日を特別な日として祝ってたのかな。アタシは、その時代を実際に生きてた。家から出ることはほとんどなかったけど、おばあちゃんの家の周りで、人間たちが祝う様子を見てた。

思い出してみようとしたけど、アタシの記憶も、さすがに300年前は曖昧だ。でも、かすかに思い出すのは、五節句だね。正月、人日、桃の節句、端午の節句、七夕、重陽の節句。その時代は、人間たちが祝う日は、結構決まってたと思う。

五節句:正月(1月1日)、人日(1月7日)、桃の節句(3月3日)、端午の節句(5月5日)、七夕(7月7日)、重陽の節句(9月9日)。この6つの日は、江戸時代も大切に祝われてた。村ごとに、家族で、特別なお菓子を食べたり、お供え物をしたり。妖怪たちも、その時代は人間の祭りに参加したり、そっと見守ったりしてた。

そしてね、盆と正月。年2回の大きな休み。盆は夏に、先祖の霊が帰ってくると信じられてた。その時期は、妖怪たちも活動を控えめにして、人間たちに敬意を表してた。正月は、新しい年の始まり。この2つの季節は、人間も妖怪も、一緒に過ごす時間だった。妖怪界でも、盆と正月は特別な時期。

✿ ♡ ✿

アタシは、その時代のことを、おばあちゃんに聞いてみることにした。おばあちゃんは、昭和生まれだから、江戸時代のことは直接知らないけど、昭和の祝日については詳しいと思った。昭和を生きたおばあちゃんの話は、価値がある。

👵 おばあちゃん
そうやね。昭和の時代はね、祝日がいっぱいあったわけじゃなかったんよ。昭和23年に、祝日法ができてな。それで、昭和の日以外にも、海の日とか、スポーツの日とか、敬老の日とか、いろいろ増えてったんよ。今は、祝日がいっぱいあるやろ。昭和の時代は、祝日は少なかったけど、その分、祝日の価値がありました。

へー。つまりね、江戸時代は五節句と盆と正月が主な祝いで、昭和の時代は祝日法ができて、もっと増えて、令和の今は、もっともっと増えてるんだ。時代ってね、人間たちの価値観によって、変わるんだなって思った。祝日の増減は、社会の変化を映す鏡。

おばあちゃんはね、続けて言った。表情が少し懐かしそうになった。

👵 おばあちゃん
昭和は戦後の復興の時代やった。みんなで一緒に、国を立て直そうと思ってた。だから、祝日も増えたんじゃ。人間たちが、休みの日に、ほっと一息つけるように。そして、家族との時間を大切にできるように。家族でご飯を食べて、子どもたちと遊んで。そういう時間を作るために、祝日があったんです。令和になって、もっと祝日が増えたのはね、人間たちが疲れてるからやろ。もっと休息が必要になった。

あ。そっか。祝日の数は、その時代の人間たちの心情を映してるんだ。江戸時代は、季節ごとの祝い。自然のリズムに合わせた祝日。昭和は、復興と一致団結。みんなで頑張ろう、という時代精神が反映された祝日。令和は、心身の休息。忙しすぎる現代社会の中で、人間たちは、もっと休むことが必要になった。時代とともに、価値観が変わるんだね。

✿ ♡ ✿

思えば、アタシが生きてきた300年というのは、日本の歴史の中で、すごく濃い時代だったんだ。江戸時代から、明治、大正、昭和、平成、令和。その全部を見てきた。そして、祝日も、風情も、人間たちの過ごし方も、全部変わった。日本という国が、どのように進化してきたのか、アタシは全部目撃してた。

でも、変わったのは、形だけなんだと思う。人間たちが、大切な人と時間を過ごしたい、という気持ちは、300年前も昭和も令和も、変わってない。祝日の形は変わったけど、その背景にある「大切な人との時間を作りたい」という気持ちは、永遠に変わらない。

時代は変わる。祝日も、風習も、技術も。でも、人間たちの「大切にしたい」という気持ちは、変わらない。300年前も、昭和も、令和も。それが、アタシのブログを通じて、人間と妖怪を繋ぐんだと思う。時代を超えた「大切さ」。それが、アタシの役割。
昭和の日、昭和を生きた人たちに感謝。そして、おばあちゃんの昭和の思い出に、感謝。300年の歴史の中で、これからも大切な人との時間を作り続けたい。🎀

それじゃ、バイバイ〜!🎀

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