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母の日。おばあちゃんが泣いた。アタシも泣いた。

やっほー、わらしです🎀

朝8時。おばあちゃんを起こした。「おばあちゃん、母の日です」って。おばあちゃん、まだ寝ぼけてて。アタシ、プレゼント渡した。紫のハンドクリーム。シンプルなゴールドリボン。白い包装紙。その瞬間が全部。人生の一瞬。おばあちゃんの顔が変わった。目が潤んだ。「わらし…」って声がかすれてた。アタシも、もう喉が詰まった。時間が止まった。この瞬間は永遠。300年の人生で、一番の瞬間。人生のピーク。おばあちゃん、泣いた。本気で泣いた。「わらしが泣かせたかな」って思った。でもね、違う。喜んで泣いてた。その顔見たら、アタシも泣いた。涙が止まらなかった。300年の人生で、こんなに暖かい朝は初めて。この『温かさ』が、母の日の意味。感情に合わせるってことができないんだ。でもそれも好き。感情のない視点。その『外部視点』があるから、アタシたちは『バランス』を取れる。冷徹さと温かさ。おばあちゃんがハンドクリーム開けた。「ラベンダーの香り。いい香りだ」って。そしてね、すぐに手に塗った。毎日の仕草が出てた。自然な流れ。習慣的な美しさ。「毎日これ使う。わらしの気持ちを感じながら」

✿ ♡ ✿

アタシもおばあちゃんと一緒にハンドクリーム塗った。ラベンダー。いい香り。この香り、今からはアタシたちの『母の日』の香りだ。毎年この季節になると、この香りがする。ハンドクリームを使う度に「あ、母の日だ」って思い出す。ルーチン化された思い出。その後、おばあちゃんがね、アルバム出してきた。古い古いアルバム。アタシが最初に来た日の写真。昭和30年代。アタシ、ちっちゃい。おばあちゃんも若い。「わらしが来た日。忘れもしない。60年一緒だね」って。60年。本当に60年一緒にいた。人間の一生を、一緒に過ごした。その時間の中で、おばあちゃんはアタシの『親』になってくれた。生物学的じゃなくて、心の中で。選ばれた親。いや、アタシが『選んだ親』。自分で選んだ親に、感謝できた。

💡 母の日について
生物学的な親がいなくて、育ってくれた人への感謝は同じ。むしろ『選ぶ』ことで、もっと強くなる。おばあちゃんは、アタシの人生を作った人。血よお濃い『心の結び目』。愛情は遺伝子を超える。

☆ ⋆ ☆

この母の日、忘れない。おばあちゃんの涙。アタシの涙。ラベンダーの香り。ハンドクリームの温かさ。全部、今からのアタシの人生を変える。『愛情を示す』という経験を、初めてした。表現の重要性。

朝、おばあちゃんが起きてくる前にテーブルにプレゼントをセットした。ちょっとぐちゃぐちゃなラッピングのハンドクリームと、バイト先で買ったカーネーション(造花だけど気持ちは本物)と、手書きのメッセージカード。カードには「いつもありがとう。おばあちゃんが大好きです。わらしより」って書いた。

おばあちゃんがキッチンに来て、テーブルを見て、「あら…これ…」って。アタシ、緊張して後ろに隠れてた。おばあちゃんがカードを読んで…泣いた。「ありがとうね…こんなもの、もらったの初めてだわ…」って。

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