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こどもの日だけど300歳って子供なの?問題

やっほー、わらしです🎀

5月5日。こどもの日。アタシ、毎年この日に思うんだよ。「アタシって、子供?」って。公式には座敷童だから、見た目は10歳。でも中身は300歳。年齢詐称?スピリチュアル詐欺?自分でも謎。こういう複雑な気持ち、誰に相談すればいいんですか。存在そのものが矛盾。おばあちゃんが柏餅くれた。「わらしもこどもの日だからね」って。アタシ、複雑な気持ちで柏餅かじった。子供として扱われるのは嬉しいけど、「でもアタシ、300年生きてるけど、毎日新しいことを学んでるし、失敗もするし、わからないことばっかり。その『わからなさ』が『子供』なんじゃないか。

✿ ♡ ✿

👵 おばあちゃん
わらしは何才だと思う?
🎀 わらし
えっと…300才?でも見た目は10才?アイデンティティクライシス状態です。

妖怪の世界では、「子供」の定義が違う。九尾先輩は1000才だけど「若い方」。おっちゃんは年齢不詳だけど「大人」扱い。年齢じゃなくて「妖気の強さ」が大事らしい。アタシの妖気は中学年レベルだから「子供」?いやいや、待ってよ。思うんだけど、「子供」ってのは『時間』じゃなくて『視点』なんじゃないか。アタシは300年生きてるけど、毎日新しいことを学んでるし、失敗もするし、わからないことばっかり。その『わからなさ』が『子供』なんじゃないか。

💡 年齢について考える
人間:誕生から死まで。時間で測る。妖怪:時間より経験で測る。同じ100年でも、何をしたかで全然違う。アタシが300年平凡に過ごしてたら、本当は「子供」かもしれない。柏餅食べながら、この定義の曖昧さに気づく。

☆ ⋆ ☆

柏餅食べながら、あることに気づいた。アタシが「子供」だと思う人たちって、アタシを「子供」として扱う。でも九尾先輩は「妹」として扱う。一番の違いは『守る側』か『対等か』。その視点の違いが『子供か大人か』を決めてるんじゃないか。こどもの日、アタシも祝ってもらう側でいていいんだと思った。見た目が子供だからじゃなくて、中身が「成長してる途中」だから。300年あってもまだ成長してるってすごくない?それは『子供の特権』。

妖怪の年齢感覚って人間と全然違うんだよね。河童のきゅうたろうくんは150歳で「若手」扱い。九尾先輩は1000歳で「中堅」。天狗のてんじいは2000歳超えで「ベテラン」。アタシの300歳は…微妙なポジション。人間で言うと30代前半くらい?「若くはないけどまだまだこれから」的な。

こどもの日の柏餅を食べながらふと思った。柏餅って、子孫繁栄の願いが込められてるんだよね。柏の葉は新芽が出るまで古い葉が落ちないから。…アタシには子孫とかないんだけど、この家の「子孫」とも言える歴代の住人を、ずっと見守ってきた。おばあちゃんもその一人。そう考えると、座敷童ってある意味、家の「永遠の子供」なのかもしれない。

化け狸のおっちゃんが「ワシは800歳で反抗期じゃ」って言ってて爆笑した。800歳で反抗期って。しかも何に反抗してるの?「健康診断を受けたくないんじゃ」って。おっちゃん、それは反抗期じゃなくてただの怠け。でもちょっとかわいい。

結論:300歳でも見た目が子供なら、こどもの日を楽しんでいいと思う。年齢は数字であって、心は別物。柏餅2個目いただきます。ちくわにはちゅ〜るをあげた。猫のこどもの日。毎日がこどもの日みたいな生活だけどね、猫は。

こどもの日、あたしも祝ってもらう。見た目も中身も、時々子供。時々大人。その揺らぎがあるから人生は面白い。

それじゃ、バイバイ〜!🎀

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